鰐塚山の由来については、いくつかの説があるが、伝説として「古事記」や「日本書紀」にある海幸山幸の物語にまつわるものである。つまり山幸彦が釣り針を見つけてもらい、地上に帰る時のことである。海底の綿津見(わたつみ)の海神は、鰐(サメ類の古名)をことごとく集め「山幸彦を幾日で送り奉ることができるか」と問われると、一尋の鰐が「一日で送って帰ってきます」と言ったので、山幸彦はそのわにの頸(くび)に乗られて青島に上陸された。命をお運びした鰐の塚として、鰐塚山という名前がつけられたという伝説である。 青島の西の斟鉢山を山幸彦の御陵とされ、更に西に続いて鰐塚山があることになる。 田野町史より抜粋 |
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